60代の資産運用の始め方|運用に回せるお金の決め方と失敗しない分け方

60代の資産運用でまず決めるべきことは、商品選びではありません。手持ちのお金のうち「いくらまでなら運用に回してよいか」を先に確定させることです。生活費の1〜2年分と、5年以内に使う予定のお金を運用の対象から外し、残ったお金だけを「守るお金(預金・個人向け国債など)」と「増やすお金(NISAでの分散投資など)」に分けます。退職金を受け取った直後の一括投資は避け、投資するとしても時間を分けるのが基本です。

最初の行動は、ねんきん定期便かねんきんネットで年金の見込み額を確認し、毎月の不足額を計算することです。以降は、運用に回せる金額の決め方、守るお金と増やすお金の分け方、退職金で起きやすい失敗、取り崩し方の順に、公的統計と計算例で確認していきます。なお、この引き算の結果、運用に回せるお金が残らないという答えが出ることもあります。それも失敗ではなく、「今は預金で守る時期」という診断です。

この記事の前提

制度・金利・統計は2026年7月24日時点で確認した情報に基づきます。個人向け国債の利率やNISA・iDeCoの制度内容は今後変わる可能性があるため、実際に手続きする前に最新の公式情報をご確認ください。また、本記事は一般的な情報の整理であり、特定の商品の購入をすすめるものではありません。

どこから読めばいい? 30秒でわかる読み方診断

Q1.毎月の年金と生活費の差額(不足額)を把握していますか?
→ まずは通帳とねんきん定期便を用意。「60代が運用額を決める前に確認する3つの数字」の章から読んでください。

Q2.手元のお金から「5年以内に使うお金」を引き算したことはありますか?
→ 引き算がまだの方は「60代が運用に回せる上限額の計算方法」の章がスタート地点です。書き込みシートを用意しています。

Q1・Q2とも「はい」の方
→ 「60代のお金の分け方」の章から読み進めれば大丈夫です。退職金を受け取ったばかりの方は「60代が退職金の運用で失敗しやすい3つのパターン」も先にご覧ください。

この記事の監修者
平 行秀 編集統括 / 証券アナリスト(CMA)

野村證券出身の証券アナリスト(CMA)。アドバイザーナビ代表として、IFA紹介事業で培った中立的な視点から資産運用情報を発信中。

目次

60代の資産運用は「増やす」より「減らさない」が基本|現役期との違い

60代の運用の失敗は、たいてい商品選びではなく「順番」で起きます。いくら残すかを決める前に、何を買うかを先に決めてしまうのです。退職金が入った口座に金融機関から電話がかかってくるのは、まさにこの順番が決まっていないタイミングです。

現役時代との最大の違いは、損失を取り返す手段が限られることです。40代など現役期には、相場が下がっても給与収入で積立を続けながら回復を待てる場合があります。60代では、これから資産を取り崩す側に回る人が増えます。取り崩しが始まってすぐの時期に大きな下落が来ると、値下がりした資産を売って生活費に充てることになり、その後相場が回復しても資産は戻りにくくなります。運用の平均利回りが同じでも、下落が「先に来るか後に来るか」で資産の持ち時間は大きく変わるのです。

一方で、60代だから運用は不要かというと、そうとも言い切れません。厚生労働省の令和7年簡易生命表によると、65歳時点の平均余命は男性19.68年、女性24.52年。生命表上、出生者のうち90歳まで生存する割合は男性26.7%(約4人に1人)、女性50.8%です。生命表の上では、女性の2人に1人が90歳まで生きる時代で、お金には25年前後働いてもらう必要があります。物価が上がる局面では、全額を金利の低い預金に置いたままだと、お金の実質的な価値が目減りしていきます。

つまり60代の資産運用の目的は、大きく増やすことではなく、「近い将来使うお金を確実に守りながら、当面使わないお金の価値を長持ちさせること」です。そのための手順は次の3ステップに整理できます。

STEP
運用しないお金を先に確保する

生活費の1〜2年分と、5年以内に使う予定のお金(住宅修繕、車、医療など)を運用の対象から外します。

STEP
残りを「守るお金」と「増やすお金」に分ける

守るお金は預金や個人向け国債など元本の安定した置き場所に、増やすお金はNISAを使った分散投資に振り分けます。

STEP
取り崩し方まで決めてから始める

いつから、月いくら取り崩すかをあらかじめ決めます。年金の繰下げ受給と組み合わせる方法もここで検討します。

60代が運用額を決める前に確認する3つの数字|年金見込み額と毎月の不足額

「いくら運用に回せるか」は、次の3つの数字が分かると自動的に決まります。逆に、この3つを知らないまま金融機関の窓口に行くと、判断の基準を相手に預けることになります。

①年金の見込み額|ねんきん定期便・ねんきんネットで確認する

まず把握したいのは「自分は毎月いくら年金をもらえるのか」です。毎年誕生月に届くハガキ「ねんきん定期便」を見るか、スマホやパソコンで日本年金機構の「ねんきんネット」にログインすれば確認できます。ねんきんネットなら「70歳まで働いたら」「受け取りを遅らせたら」といった条件を変えた試算も画面上で簡単に試せます。夫婦であれば2人分を合計しましょう。この金額が、老後のお金の計画すべての土台になります。

②毎月の不足額|65歳以上の無職世帯は平均で月3〜4万円台の赤字

自分の数字がすぐ出ない場合の当たりとして、総務省の家計調査(2025年平均)による65歳以上の無職世帯の家計収支を見ます。

項目夫婦のみ世帯単身世帯
可処分所得(手取り収入)約22.2万円約11.8万円
消費支出約26.4万円約14.8万円
毎月の不足額約4.2万円約3.0万円
65歳以上の無職世帯の1カ月あたり家計収支(総務省「家計調査報告 家計収支編」2025年平均より作成。金額は月平均・概数)

夫婦のみの無職世帯では、平均で毎月約4.2万円、消費支出が可処分所得を上回っています。仮にこの差額が25年続くと、4.2万円×12カ月×25年=1,260万円。これが「貯蓄などで補う金額」のひとつの目安です。

ご自身の数字は、次の1行の引き算で今すぐ概算できます。

年金の手取り見込み額(例:18万円)− 毎月の平均支出(例:22万円)= 毎月の不足額(例:▲4万円)

上の表はあくまで平均値です。持ち家か賃貸か、車の有無、住んでいる地域で支出は大きく変わるため、通帳や家計簿の実際の数字で計算し直してください。不足がほとんどない世帯なら、そもそも運用を急ぐ必要はありません。

③5年以内に使う予定のお金|リフォーム・車の買い替え・医療費

使う時期と金額がある程度見えているお金を、年ごとに書き出します。ここが曖昧なまま投資を始めると、相場が下がったタイミングで売却せざるを得なくなり、損失が確定します。

  • 住宅の修繕・リフォーム(外壁、水回りなど)
  • 車の買い替え
  • 子どもの結婚・住宅取得の援助
  • 歯科治療・白内障手術など、まとまった医療費
  • 旅行など、使うと決めている楽しみのお金

ここで書き出した合計額が、次の引き算にそのまま入ります。楽しみのお金を削って投資に回す必要はありません。使うと決めたお金は「使うお金」として先に確保するのが、この記事の一貫した考え方です。

60代が運用に回せる上限額の計算方法|金融資産2,000万円のモデルケース

3つの数字がそろったら、運用に回せる上限を計算します。式は単純な引き算です。

運用に回せるお金の式

運用に回せる上限 = 手元の金融資産 −(生活防衛資金)−(5年以内に使うお金)−(医療・介護などの予備費)

  • 生活防衛資金:生活費の1〜2年分。年金だけで生活費を賄えない世帯ほど厚めに
  • 5年以内に使うお金:前の章で書き出した金額の合計
  • 予備費:入院・介護など時期を読めない支出への備え。目安として数百万円

この式が実際の家計でどう働くか、説明のためのモデルケース(仮の例)で確かめます。

モデルケース:65歳・夫婦・金融資産2,000万円の場合(仮例)

生活費は月25万円、年金は夫婦で月21万円(不足は月4万円)とします。

  • 生活防衛資金:月25万円×18カ月=450万円
  • 5年以内に使うお金:住宅修繕150万円+車の買い替え200万円=350万円
  • 医療・介護の予備費:200万円

2,000万円−450万円−350万円−200万円=運用に回せる上限は1,000万円。これを「守るお金」と「増やすお金」に分けていきます。仮に増やすお金を500万円とすると、値動きのある資産は金融資産全体の25%に収まります。

ご自身の数字で計算してみましょう(書き込みシート)
  1. 手元の金融資産(預金・退職金など):____万円
  2. 生活防衛資金(毎月の生活費×12〜24カ月):−____万円
  3. 5年以内に使うお金(車・リフォームなど):−____万円
  4. 医療・介護の予備費(目安200万〜300万円):−____万円

1から2〜4を引いて残った金額 = 運用に回してよい上限額:____万円

金融資産1,200万円の世帯の例:同じ前提(生活防衛資金450万円・5年以内の支出350万円・予備費200万円)なら、運用に回せる上限は200万円です。金額が小さくても計算の手順はまったく同じで、小さい上限には「小さく始める」という答えがあるだけです。むしろ多くの世帯にとって現実的なのはこちらの規模感です。

計算の結果、運用に回せるお金がゼロやマイナスになった方へ。落胆する必要はまったくありません。それは計算の失敗ではなく、「今は投資でリスクを取る時期ではなく、預金や国債で減らさない防衛に専念すべき」という正しい診断が出たということです。「NISAをやらないと損」という世間の空気に流されて生活費をリスクにさらさずに済んだのですから、引き算を最後までやり切った時点で、老後資金の防衛はすでに始まっています。無理に投資枠をひねり出す必要は一切ありません。

なお、手元の金額が平均より少ないと感じた方のために、分布の目安も添えておきます。J-FLEC(金融経済教育推進機構)の2025年調査では、金融資産を保有していない世帯を含む60歳代・二人以上世帯の金融資産保有額は平均2,683万円、中央値1,400万円でした(日常的な出し入れに使う普通預金の残高は含みません)。平均は保有額の大きい世帯に引き上げられるため、実感に近い数字としては中央値もあわせて見てください。

60代のお金の分け方|「守るお金」と「増やすお金」の配分を決める

上限が決まっても、中身の配分は利回りの高さでは決まりません。分ける軸は「使う時期」です。近いお金ほど元本の安定を、遠いお金ほど値上がりの可能性を優先します。この考え方をかたちにしたのが「守るお金」と「増やすお金」の2分割です。

守るお金の置き場所|預金と個人向け国債(変動10年・固定5年)

守るお金の役割は増やすことではなく、必要なときに減っていないことです。候補は預金と個人向け国債です。長く続いた超低金利の時代と違い、現在は「守るお金」にも利息が付く環境に変わっています。2026年7月募集分の個人向け国債の利率(年率・税引前)は次のとおりです。

種類利率(税引前)特徴
変動10年年1.80%半年ごとに利率が見直され、金利上昇に追随できる
固定5年年1.95%満期まで利率が固定。受取額を見通しやすい
固定3年年1.56%使う時期が3年後に見えているお金に向く
個人向け国債の発行条件(財務省・2026年7月募集分。利率は募集月ごとに変わります)

表を見ると固定5年の利率がいちばん高く、「固定5年が一番お得」に見えます。ただし選び方の基本は利率の高さではありません。今後さらに金利が上がると考えるなら、半年ごとの見直しで利率が追いかけて上がる変動10年が基本の選択肢です。固定5年が向くのは、5年後に使う予定がある程度見えていて、受取額を今の利率で確定させたいお金です。将来の金利がどう動くかは誰にも分からないため、迷う場合は両方に分ける方法もあります。

個人向け国債は国が元本と利子の支払いを行う債券で、1万円から購入でき、証券会社や銀行で取り扱っています。仮に500万円を変動10年(年1.80%)に置くと、利子は年9万円(税引前)、税率20.315%を差し引くと年約7.2万円です。

ただし、注意点が2つあります。1つ目は買ってから1年間は原則として解約(中途換金)できないこと。2つ目は、1年経過後に途中で換金すると、直近1年分(2回分)の利子に相当する金額(税引後ベース)が差し引かれることです。差し引かれるのは受け取った利子に相当する部分だけで、発行から1年経過後の中途換金で額面の元本が割れることはありません。それでも、1年以内に使う可能性があるお金は、国債ではなく普通預金や定期預金に置くのが安全です。

なお、定期預金や利息の付く普通預金などは、預金者1人当たり、1金融機関ごとに合算して元本1,000万円までとその破綻日までの利息等が預金保険で保護されます。退職金の入金などで大きな金額が1つの銀行に集中している場合は、複数の銀行や個人向け国債への分散も検討しましょう。

増やすお金はNISAでの国際分散投資|下落幅は円額で確かめる

増やすお金の第一候補は、NISA口座を使った低コストの投資信託による国際分散投資です。理由は3つあります。運用益に税金がかからないこと、金融庁の基準を満たした投資信託に対象が絞られている「つみたて投資枠」があること、そしていつでも売却して現金化できることです。60代にとって、必要なときに引き出せる流動性は制度上の縛りがあるものより重要です。

もう一歩具体的に言うと、第一候補になるのは全世界の株式に幅広く投資するタイプの低コストなインデックスファンドです。長期では世界経済の成長を取り込める期待がある一方、過去の金融危機では、世界株式の代表的な指数が一時的に5割を超えて下落した局面もありました。「そこまでの下落は耐えられない」と感じるなら、株式と債券が混ざったバランス型ファンドを選ぶ、あるいはNISAに入れる金額自体を減らして守るお金の比率を上げる、という調整で構いません。

いずれにしても、投資信託は元本保証ではありません。増やすお金に振り分けた500万円が30%下落すれば、150万円の含み損です。この金額を見て夜眠れなくなりそうなら、増やすお金の割合を減らしてください。下落率ではなく円額に直して耐えられるかを確認するのが、配分を決める実用的な方法です。また、NISA口座の損失は税制上ないものとされ、課税口座の利益と相殺(損益通算)できない点も知っておきましょう。

就労収入・年金受給・取り崩しの有無で変わる配分の目安

「60代なら株式は◯%」という年齢だけの公式は使えません。答えを変えるのは年齢ではなく、収入と取り崩し開始時期です。次の表は、この2つの条件から配分の方向性を整理したものです。

状況配分の方向性理由
働いていて給与がある増やすお金をやや厚めにできる生活費を給与で賄え、下落時も売却せずに待てるため
退職直後・年金受給前守るお金を厚めに。投資は時間を分けて無収入期間は貯蓄の取り崩しで生活するため、手元流動性が最優先
年金生活で不足を取り崩す取り崩す数年分は常に守るお金に確保下落時に値下がりした資産を売らずに済むようにするため
60代の状況別・資産配分の考え方(一律の正解ではなく方向性の目安です)

60代が退職金の運用で失敗しやすい3つのパターン

退職金は、多くの人にとって人生で一度だけ、投資経験と釣り合わない金額が一度に手に入る場面です。だからこそ典型的な失敗パターンが決まっています。

①退職金を受け取った直後の一括投資

一括投資そのものが常に悪いわけではありません。問題は、投資直後に大きな下落が来たとき、給与で買い増しながら回復を待てる期間が現役時代より短い場合が多いことです。下落の影響がどれほど長く残るかは、後半の取り崩しシミュレーションで数字を示します。結論を先に言えば、運用開始直後の下落は資産の寿命を10年単位で縮めることがあります。投資すると決めた金額も、半年〜数年に分けて段階的に移すことで、高値づかみのリスクを時間で薄められます。

②銀行の「退職金向け特別金利プラン」をそのまま契約する

退職金が振り込まれると、金融機関から運用の案内が届くことがあります。よくあるのが、「退職者限定・特別金利」をうたう定期預金と投資信託などをセットにしたプランです。看板の高金利には条件が付いていることが多く、たとえば「特別金利が適用されるのは最初の預入期間(数カ月)だけ」「投資信託やファンドラップとセットで申し込むことが条件」といった仕組みが見られます。セットの投資信託には購入時手数料や信託報酬がかかる場合があり、プラン全体で見ると受け取る優遇金利より払う手数料のほうが大きいこともあります。いつ・いくら手数料を払うのかを契約前の書面で円額に直して確認し、その場で契約せず、いったん持ち帰って他の選択肢と比べるのが鉄則です。窓口の担当者は販売のプロであり、あなたの家計全体を把握している人ではありません。

③仕組債・外貨建て保険など仕組みを説明できない商品を買う

仕組債、外貨建て保険、毎月分配型投資信託などは、名前の印象より仕組みが複雑で、手数料や為替、元本割れの条件が分かりにくい商品です。これらが一律に悪いということではなく、「この商品はどういうときに損をするのか」を家族に自分の言葉で説明できないなら買わない、という基準を持つことが防御になります。説明を聞いてもリスクの説明が曖昧なままなら、それ自体が見送りの判断材料です。

60代からのNISA・iDeCoの使い方|迷ったらNISA優先の理由

税制優遇のある制度は、60代でも使えます。ただし2つの制度は出口の性格が大きく異なります。NISAは保有商品をいつでも売却でき、売却益は非課税です。一方、iDeCoは受け取り時に手続きと税の計算が付いてきます。この違いが、60代の優先順位をほぼ決めます。

NISA|年齢上限も非課税期間の期限もなく、60代の主力になる制度

NISAは、日本国内に住む、口座を開設する年の1月1日時点で18歳以上の人なら年齢の上限なく利用でき、非課税で保有できる期間も無期限です。年間の投資枠はつみたて投資枠120万円と成長投資枠240万円の合計360万円、生涯の非課税保有限度額は買付額ベースで1,800万円(うち成長投資枠は1,200万円まで)です。売却した商品の簿価(取得額)分の限度額は翌年以降に再利用できるため、途中で現金化しても、売却そのものによる制度上のペナルティはありません。「いつでも出せて、利益に税金がかからない」という性質は、使う時期が近い60代の増やすお金の置き場所として合理的です。

iDeCo|2026年12月の加入年齢拡大と、退職金との受け取り順の注意

iDeCo(個人型確定拠出年金)は掛金が全額所得控除になるため、課税所得があり所得税・住民税を払っている60代には節税効果があります。現在、60歳以降に掛金を出せるのは、会社員・公務員など国民年金の第2号被保険者や任意加入被保険者など、加入資格を満たす人です。ただし、2026年12月1日施行予定の改正で、それ以外の60歳以上70歳未満の人も、過去にiDeCoに加入していた人(運用指図者を含む)や企業年金からiDeCoへ資産を移す人などで、老齢基礎年金やiDeCoの老齢給付金を受け取っていないことなどの要件を満たせば加入・拠出できるようになります(施行日から3年間は経過措置があります)。掛金の上限も同時期に引き上げられる予定です。

入口はこのように広がります。それでも、60代で迷ったらNISAを優先するのが基本です。理由は出口にあります。iDeCoは原則として受給可能年齢に達するまで引き出せず、受給を開始できる年齢は加入期間(通算加入者等期間)によって異なります。60歳以上で初めて加入した人は、加入から5年を経過した日から受給できます。

さらに、受け取るときにも税の計算が付いてきます。会社の退職金とiDeCoの両方を一時金で受け取る場合、受け取る順番と間隔によって退職所得控除の調整が変わります。2026年1月1日以後は、iDeCoの一時金を先に受け取ってから退職金を受け取る場合、調整の対象となるiDeCo一時金の受取時期が「退職金を受け取る年の前年以前4年内」から「前年以前9年内」に広がり、スケジュール管理がいっそう難しくなりました。退職金とiDeCoの両方がある人は、受け取り方を決める前に税務署や税理士、勤務先の制度窓口で確認することをおすすめします。

整理すると、60代でiDeCoが候補になるのは「加入資格を満たし、掛金を出せる資金余力があり、所得控除を活用できる人」に限られます。すでに退職して所得がない方や、出口の税計算に悩みたくない方は、いつでも引き出せて受け取り方の悩みが少ないNISAだけで十分です。

資産の取り崩し方と年金の繰下げ受給|60代の資産寿命を数字で見る

60代の運用計画は、入口(何を買うか)より出口(どう取り崩すか)で結果が決まります。同じ資産額でも、取り崩し方と下落の順番しだいで、資産のもつ年数は10年単位で変わることがあるからです。

取り崩しシミュレーション|1,500万円を月5万円ずつ使うと何年もつか

次の表は、1,500万円を毎月5万円(年60万円)ずつ取り崩した場合に、資産が何年もつかを試算したものです。この表で確認したいのは、運用の効果と、開始直後の下落の怖さの両方です。計算の前提は、年1回年末にまとめて取り崩し、利回りは税金・手数料を差し引いた後の年率で毎年一定、というシンプルなものです。実際の相場は毎年変動するため、結果はあくまで目安として見てください。

運用の条件資産がもつ期間の目安
運用しない(利回り0%)25年
年2%で運用しながら取り崩す約35年
初年に20%下落、その後年2%約25年
1,500万円・年60万円取り崩しの試算(利回りは税・費用差引後と仮定した一定値。筆者計算)

年2%の運用が続けば、資産の寿命は25年から約35年へと10年延びます。ところが、開始した年に20%の下落に見舞われると、その後年2%で回復が続いても寿命は約25年に戻り、運用の効果がほぼ帳消しになります。退職金の一括投資で警戒すべきなのは、この計算です。

ここで大事なのは、この数字を見て投資をやめることではなく、下落の年に「値下がりした資産を売らずに済む仕組み」を先に作っておくことです。この試算で資産寿命が縮むのは、下落で元本が減った状態のまま取り崩しを続け、その後の回復に回せる元本まで減っていくからです。対策はルールとして決めておけます。

暴落が来た年の切り替えルール(例)
  1. 増やすお金の売却(取り崩し)をいったん止める。たとえば投資信託500万円が20%下落した年(▲100万円)は、その年の売却をしない
  2. 生活費の不足分は守るお金から出す。月4万円の不足なら、年約50万円を普通預金や満期・換金可能になった個人向け国債から充てる
  3. 増やすお金は回復を待つ間そのままにしておく。守るお金に生活費の数年分があれば、慌てて売る必要がなくなる

この切り替えを可能にするのが、最初に分けておいた「守るお金」です。守るお金は利息を得るためというより、下落の年に増やすお金を売らずに済ませるための待機資金として働きます。このルールを先に決めておくだけで、下落が来ても恐怖にかられて売る必要はなくなります。

年金の繰下げ受給|1カ月0.7%の増額を運用と比べる

資産を長持ちさせる手段は運用だけではありません。公的年金は、受給開始を65歳から遅らせる(繰り下げる)と、1カ月あたり0.7%、75歳まで繰り下げれば最大84%増額され、その増額率は一生続きます。たとえば月15万円の年金なら、70歳開始(42%増)で月21.3万円になります。終身で増えるため、長生きするほど有利に働く、いわば「長生きへの保険」です。手元資産に余裕があり、繰下げ期間中の生活費を賄える人にとっては、値動きのある運用より確実性の高い選択肢になり得ます。

ただし、注意点も同じ強さで確認してください。繰下げ待機中は年金を受け取れないため、その間の生活費は貯蓄か就労収入で賄う必要があります。早く亡くなった場合は受取総額が65歳受給を下回ることがあります。また、一定の要件を満たす配偶者などがいる場合に加算される加給年金額は繰下げによる増額の対象にならず、老齢厚生年金の繰下げ待機中は受け取れません。年金額が増えると税金や医療・介護保険料の負担が増える場合もあります。老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰り下げられるので、片方だけ繰り下げる折衷案も含めて、ねんきんネットの試算で比較してから決めましょう。

60代で投資をしないほうがよい人・IFAやFPに相談すべきケース

引き算の手順を踏んでも、「投資をしない」が正解になる人は確実にいます。次のいずれかに当てはまる場合、運用より先にやるべきことがあります。

  • 生活防衛資金と5年以内の支出を引くと、運用に回せるお金が残らない
  • 住宅ローンなど金利の高い借入が残っている(返済が確実なリターンになる)
  • 値下がりの円額を想像すると、生活や睡眠に影響が出そうだと感じる
  • 商品の仕組みを自分の言葉で説明できない

また、次のような場合は自力で決めず、専門家に相談する価値があります。退職金・相続などで一度に大きな資産を受け取った、資産に不動産や自社株など換金しにくいものが多い、相続や贈与まで含めて設計したい、といったケースです。相談先には銀行・証券会社の窓口、IFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)、FP(ファイナンシャルプランナー)などがあります。

誰に相談する場合でも、相談料の有無と、その人の報酬がどこから出ているか(商品販売の手数料か、相談料か)を最初に確認してください。無料相談は商品販売の手数料で成り立っている場合があり、その場合、提案は相談先の取扱商品に限られることがあります。この構造を理解したうえで話を聞くことが、押し売りへの最大の防御になります。

なお、判断力の低下に備える準備も60代のうちに始めておきたいことのひとつです。どの口座に何があるかの一覧を作り、家族と共有しておくだけでも、将来の混乱を大きく減らせます。

60代の資産運用でよくある質問

投資経験ゼロの60代が今から積立を始めるのは遅すぎませんか?

生活防衛資金と5年以内に使うお金を確保できていれば、始めること自体に年齢の壁はありません。ただし、最初から大きな金額を入れないことが条件です。まずは月1〜3万円程度の積立で値動きに慣れ、下落したときの自分の気持ちを確かめてから金額を調整してください。経験の不足は、金額の小ささで補えます。

60代は資産の何割まで投資に回してよいですか?

全員に当てはまる比率はありません。本記事の式のとおり、生活防衛資金・5年以内の支出・予備費を引いた残りが上限で、その中で「下落したときの円額に耐えられる金額」までが実際の適正額です。同じ2,000万円でも、年金で生活費が足りる人と毎月取り崩す人では答えが変わります。比率から入るのではなく、引き算から入ってください。

毎月分配型の投資信託は年金の足しになりますか?

毎月現金を受け取れる点は取り崩しニーズに合って見えますが、分配金には運用益からではなく元本の払い戻しに当たる部分(元本払戻金)が含まれることがあり、その場合は自分のお金が戻ってきているだけです。また、分配のたびに運用に回る元本が減るため、長期の効率は下がりやすくなります。定期的な現金が必要なら、低コストの投資信託を自分で定額売却する方法とも比較したうえで、分配金の内訳を確認してから決めても遅くありません。

まとめ|60代の資産運用で今日やることは口座開設ではなく「引き算」

60代の運用の失敗は、商品選びではなく順番で起きます。逆に言えば、順番さえ守れば大きな失敗は避けられます。今日あなたがやるべきことは、証券会社の口座開設でもNISAの商品選びでもありません。上から順番に、次の3ステップを進めてください。

STEP
ねんきん定期便(と通帳)を探す

年金見込み額と毎月の生活費の差額(毎月の不足額)を計算します。ここがすべてのスタート地点です。

STEP
引き算で「運用してよい上限」を出す

手持ちのお金から、生活費1〜2年分・5年以内に使うお金・医療や介護の予備費を引きます。残った金額だけが運用に回せる上限です。残らなければ、今は預金で守る時期という答えです。

STEP
お金を2つに分け、ゆっくり始める

上限内のお金を「守るお金(預金・個人向け国債)」と「増やすお金(NISAの分散投資)」に分けます。退職金が入っても一度に投資せず、時間を分けて少しずつ移します。取り崩し方と下落時に売却を止めるルールも先に決め、年金繰下げとも比較しましょう。

今日やる1分アクション

ねんきん定期便のハガキを探して、年金見込み額と毎月の不足額をスマホのメモ帳に書き出す。まずはこれだけで十分です。

自分の数字を把握してさえいれば、金融機関の提案を受けるときも、判断の基準を相手に預けずに済みます。

参考文献・出典

いずれも最終確認日は2026年7月24日です。

厚生労働省「令和7(2025)年簡易生命表の概況」(2026年7月公表)
総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」(2026年2月6日公表)
J-FLEC 金融経済教育推進機構「家計の金融行動に関する世論調査 2025年」(2025年12月18日公表・2026年1月21日修正)
財務省「個人向け国債の発行条件等」(2026年7月3日公表)
財務省「現在募集中の個人向け国債・新窓販国債」
金融庁「預金保険制度」
MSCI「MSCI ACWI Index」
りそな銀行「退職金きちんと運用プラン」(退職金向けセットプランの実例として確認)
金融庁「NISAを知る」
国税庁「No.1535 NISA制度」
iDeCo公式サイト(国民年金基金連合会)「iDeCoの加入資格・掛金・受取方法等」
厚生労働省「2025年の年金制度改正(私的年金関係)」
財務省「令和7年度税制改正の大綱」
日本年金機構「年金の繰下げ受給」

この記事を書いた人

「インベスターナビ」は、資産運用・投資に関する総合情報を発信する専門メディアです。初心者から上級者まで、幅広い投資家に向けて最適な運用戦略と専門家の知見を届けます。当サイトでは、アドバイザーナビ株式会社が実施した資産運用アンケートや独自リサーチをもとに、信頼できるIFAランキングおすすめのネット証券、厳選した株式銘柄などを徹底比較。さらに、株式・投信・NISA・退職金運用に加え、IRインタビュー記事や年代・資産額別ポートフォリオ事例まで、実践で役立つ情報やノウハウをわかりやすく解説しています。

目次